「弱気は最大の敵」
2011 / 07 / 01 ( Fri )
こんにちは リハビリの青木です。

梅雨はどこへやら、晴れて暑い日が続きますので、熱中症には十分気を付けてください。


この暑さの中、今回の内容は私自身が尊敬してやまない熱い男「炎のストッパー」と呼ばれた、
広島カープ 津田恒実さんのお話です。


山口県立南陽工業高校でエースとして活躍し、
社会人野球を経て1981年にドラフト1位で広島カープへ入団。


先発投手として2ケタ勝利を挙げ新人王に輝きますが、2年目以降、故障に悩まされる事になります。

手術などを受け、86年から抑え投手として復活し、
カープのリーグ制覇に貢献し、カムバック賞を受賞します。



150km/hをを超える剛速球とカーブを武器に相手打者に立ち向かう姿は、

「炎のストッパー」

と形容されるようになりました。

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しかし、90年のシーズン終了後に頭痛などを訴え、翌91年の試合翌日に病院へ。


結果、手術で摘出できない位置に悪性の脳腫瘍が見つかり、
現役引退して闘病生活に入りますが、

もう一度マウンドへ立つべくリハビリやトレーニングに励み、
一時はキャッチボールが出来るまでに回復したのですが、
93年7月20日 32歳の若さでこの世を去りました。

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津田恒実さんには色々なエピソードがあり、
「炎のストッパー」と呼ばれる剛速球投手でありながら、
相反するようにメンタル面の弱さがあったらしいです。


その弱さを克服する為に

「弱気は最大の敵」

「一球入魂」

という座右の銘を書いたボールを肌身離さず持ち歩き、
闘病生活中も握りしめていたとの事です。


最も有名な話に86年、津田と対戦した巨人の原辰徳がストレートをファウルにした際に左手を骨折し、
シーズンを棒に振ったというエピソードがあります。


ピンチになればなる程、ストレートの球速が上がり、



自信のない変化球を打たれて後悔するなら、
ストレートを打たれた方が納得する



という言葉を残している通り、

ストレート勝負の多いピッチャーでした。

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あくまでもストレートにこだわり、
自分の信念を貫き、最後まで諦めずに短い生涯を終えた生き様は、
考えさせられる事がたくさんあります。


私は今年34歳になり、津田恒実さんのような生き方は出来ないですが、
自分なりの信念を持って貫き通せるような人生を過ごせればと思います。


まだまだ彼のエピソードはたくさんあるので興味を持たれた方はまた声をかけてください。
長々となりましたが、この辺で失礼します。


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暑い夏
2011 / 07 / 08 ( Fri )

私の好きな詩をひとつ紹介します。



    「ない しあわせ」  


   さりげない     ひとこと

   なにげない     ふれあい

   とりとめのない   会話

   かけがえのない   ひととき

   なんともいえない  ない しあわせ
     



この詩は、私が最初の子を産んだ頃、
何かの雑誌でたまたま見つけた詩ですが、

その頃の自分の心情に深く入り込んだのか、

ずっと大切にしている詩です。


身の回りが豊かに、そして便利になっていくなかで、

本当に必要なものはなにか
本当に大切なものは何なのか

教えてくれているようで、
今となっては私の指針となっています。 


人間ですから欲もたくさんありますが、
ときどき自分を振り返りながら、生きていきたいものです。



                       リハビリ 岩井典子


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